短編「ゲンコーハン」 (3) 沖田とアイちゃん

「沖田、この子?」

 相沢が容赦なく竹内を指差すと、あいつの肩がビクッと反射した。俺のベッドに座って、この部屋の主のようにしているが、こいつは彼女ではない。この団地の中での幼なじみであり、中学から彼氏を絶やさない恋愛体質の相沢が、ちょうど彼氏と別れたというのでこの話を持ちかけたのだ。

「同い年でさぁ、童貞でEDのヤツがいるんだけど。アイちゃん勃たせてくれたら五千円って、どう?」

 はじめにこの話をしたとき、相沢は躊躇せず俺の左頬にビンタをきめた。まあ、当たり前だ。ことのはじまりは、竹内のひとり言だった。

「病院に行くようになってから……勃たないんだけど、変か?」

 いつからか聞いたら、三年くらいというから、ほぼ毎朝処理してる俺はヤバいとしか思えなかった。普段、俺をアホだと笑う竹内が不安そうに返事を待つ姿を見て、一肌脱ぐしかないと思ったんだ。

「何とかしてやろう。五千円用意して」

 風俗とかだったら絶交する、という竹内を説得し、母親の病気を見舞ってる内に勃たなくなった可哀想だけどいいヤツ、という情を相沢に刷り込み、今日に至る。

「つまり、あたしが勃たせたら竹内くんは安心できて、お金があいだにあればお互いに罪悪感が少ないと沖田は思った、と……アホか!」

 相沢の怒った声はデカくて、俺は縮こまるようにしながらご機嫌をとる。

「アイちゃん~、そんでも来てくれたじゃん。優しいなぁ~」

「沖田、女子の嫌がることは止めよう」

 俺がこれだけお膳立てしたというのに、竹内はもう諦めようとしている。

「……お金なんていいよ」

「は?」

 相沢がぶっきらぼうに手招きする。恐る恐る近寄ると、耳元で「かわいいから良いよ」という。俺は今しかないと思い、竹内に「良いってさ」と囁いて、すぐに部屋の外に出た。

 相沢の呼ぶ声がして、中に入れと言うので戸を開けると、上半身ブラ姿の相沢の胸に顔を埋めて、竹内が抱き締められていた。なぜ呼ばれたのか分からず相沢の顔を見ると、シーっと人差し指を口に当て、竹内の下半身に指を向けた。

「はい、アイちゃんはここまで~」

「ちょっ!」

 やっと起き上がったモノを、そのままにしていくとか、残酷すぎる。

「だって、泣いちゃってるんだもん」

 竹内の肩が震えていた。顔は見えない。

「おい、大丈夫だから、アイちゃんに抱き付いてろよ」

 ムキになっていた。ここまで来て、やっと反応したというのに、この機会がまた来るとは限らない。俺は竹内のズボンに手を入れた。パンツ越しにゆっくりと手で擦ると、竹内の腰が少し浮いた。

「アイちゃんもいるから大丈夫だよ~、出してい~よ~」

 相沢はそう言って、竹内を抱き締めながら頭を撫でている。今しかない。俺はこんな趣味はないとか、なんでこんなことしてるのかとか、頭によぎったけれど、手は止めなかった。竹内の息が荒くなって、俺の手に擦り付けるようにして腰が動き、身体が跳ねた。

「良くできました~」

 相沢がいてくれて、本当に良かった。俺は部屋を出て、服を着た相沢が出てくるまで放心していた。帰り際に小声で、目が腫れちゃってるからタオル濡らして冷やしあげて、と言った彼女をはじめて尊敬すらした。

 言われた通り、濡らしたタオルを持って部屋に入ると、きっちり制服を着た竹内が正座して俯いていた。タオルを渡すと、静かに受け取って目に当てる。いつもみたいに調子のいい言葉が出てこなかった。

「……ありがとう、手、借りてごめん」

「いや、しゃしゃり出てやり過ぎたかと」

「……なんか安心した」

 あんなに無防備な竹内は見たことがないし、素直過ぎる言葉もちょっとこそばゆい。

「いやぁ~それにしても、アイちゃんが気に入ってくれて、良かったね」

 俺のおっさんみたいな感想に、竹内が笑った。調子に乗って「俺の手もいいはたらきを」と言ったらタオルが飛んできて、まだ腫れた目をした竹内が「この件は墓まで持ってこう」と真顔で言うので、やっと俺もフツーに笑うことができた。秘密を共有する。いつから俺と竹内は、そういうことにためらいが無くなったんだろうか。