創作

今年は見送ったもの (短歌~2021秋)

「笹井宏之賞」に応募することを、彼の短歌を読んでから、一つの目標にしていた。毎年9月末に〆切が来るのも、一年の区切りとしていい。今年こそ応募するぞと思っていたけれど、四十首あたりから、思い浮かばなくなっていた。無理矢理に五十首書いたとして…

短歌 2020

君もさあ そんなところで見てないで 雪の真似して降りておいでよ曖昧に 掴んでどこかに 消えるのは 得意技だね いや褒めてるの文字のなかに君はいるけど永遠に触れないの何のお仕置きあと五分 君に頼んだことはいま機械がしてる 話したいんだ(2020/2/18)帰り…

短編 「ワカちゃんの結婚 続」

「ちょっと、今いいかな?」 上司に呼び出され、取調室のような狭い会議室に通される。何か仕事でミスをしたのだろうかと、ワカちゃんはここ数日をぼんやり思い返していた。「田宮くん、きみ、結婚したそうだけれど、おめでとう」「あ、どうもありがとうござ…

短編 「ワカちゃんの結婚」

その大型ショッピングモールの一画にある、全国チェーン展開しているガラガラに空いた宝飾店で、わたしはひとり、結婚指輪を選んでいた。相手は諸事情があって来れないんですけど今日買います、と店員の男性に告げ、プラチナで宝石は裏に一つ埋め込まれてい…

短編 「共有ファイル」

冬の暮れ。遠い親戚の不幸のため喪中のぼくは、特にすることもなく、ひとり炬燵に入りながら、ブルーベリー風味の紅茶を飲み、部屋から窓の外を見ていた。雪が舞いそうな、湿って重たそうな雲が空を埋め尽くしていた。既に、山肌には白く筋が通り、もし麓に…

短編「ゲンコーハン」(7)友のしるし

曲名も知らないピアノ演奏を聴きながら泣く僕は、なぜ泣いているのか全く見当も付かなかった。ただ、心を硬く幾重にもコーティングしてきたはずなのに、その微かな隙間から何か柔らかなものが侵入してきて、それがあまりに温かく、冷えていた心が徐々に汗ば…

短編「ゲンコーハン」 (6) 虎児を得る

あの日、電話が鳴らなければ良かったと思ったけど、鳴ったから僕は動いた。電話が鳴らなかったら、おそらくいつまでも後悔したままだっただろう。 沖田から「大事な話がある」と新年早々呼び出されて、年始休み中の喫茶店に行くと、そこには相沢さんがいて…

短編「ゲンコーハン」 (5) 能天気と修羅場

きみも僕も知らないひとも、空から見たら「すぐに消えて無くなる物」だと分かっていたら、僕はもっときみを丁寧に扱えたのかもしれない。「あ、その服新しい?」「大学前の古着屋で買った」「へぇー…誰かと行ったの?」「きみの知らない子」「え? 誰」「誰…

短編「ゲンコーハン」 (4) バトンタッチ

卒業式の三日前、母親が亡くなった。担任から朝の連絡事項の一つとして告げられ、通夜の時間を聞き出したと言って、少し苛立ちながら沖田がやってきた。「なんで喪服なんて持ってんの?」 僕の第一声に沖田は呆れた顔をした。「お前なー…ちゃんと拝ませても…

短編「ゲンコーハン」 (3) 沖田とアイちゃん

「沖田、この子?」 相沢が容赦なく竹内を指差すと、あいつの肩がビクッと反射した。俺のベッドに座って、この部屋の主のようにしているが、こいつは彼女ではない。この団地の中での幼なじみであり、中学から彼氏を絶やさない恋愛体質の相沢が、ちょうど彼氏…

短編「ゲンコーハン」 (2) 竹内

はじめて会った日、俺はあいつのボロい自転車を盗もうとしていた。現行犯で見つけたあいつは、怒らないどころか俺をアホだと笑った。変わったヤツだと思ったのが第一印象。なぜか一緒に帰る道すがら、いつの間にか昇った月を見ながら、母親が入院していてほ…

短編「ゲンコーハン」 (1) 月

坂を登ったら、何か美しい眺めが見えたり、このくしゃくしゃな心がすっきりするような、そんな救いを信じていたんだ。だから僕は、ぴりぴりと肌をつつくような冬の風の中、こうして自転車をこいで知らない坂を登っている。そんな夢をよく見ては、汗をかいて…