2019-10-01から1ヶ月間の記事一覧

短編「ゲンコーハン」 (5) 能天気と修羅場

きみも僕も知らないひとも、空から見たら「すぐに消えて無くなる物」だと分かっていたら、僕はもっときみを丁寧に扱えたのかもしれない。「あ、その服新しい?」「大学前の古着屋で買った」「へぇー…誰かと行ったの?」「きみの知らない子」「え? 誰」「誰…

短編「ゲンコーハン」 (4) バトンタッチ

卒業式の三日前、母親が亡くなった。担任から朝の連絡事項の一つとして告げられ、通夜の時間を聞き出したと言って、少し苛立ちながら沖田がやってきた。「なんで喪服なんて持ってんの?」 僕の第一声に沖田は呆れた顔をした。「お前なー…ちゃんと拝ませても…

短編「ゲンコーハン」 (3) 沖田とアイちゃん

「沖田、この子?」 相沢が容赦なく竹内を指差すと、あいつの肩がビクッと反射した。俺のベッドに座って、この部屋の主のようにしているが、こいつは彼女ではない。この団地の中での幼なじみであり、中学から彼氏を絶やさない恋愛体質の相沢が、ちょうど彼氏…

短編「ゲンコーハン」 (2) 竹内

はじめて会った日、俺はあいつのボロい自転車を盗もうとしていた。現行犯で見つけたあいつは、怒らないどころか俺をアホだと笑った。変わったヤツだと思ったのが第一印象。なぜか一緒に帰る道すがら、いつの間にか昇った月を見ながら、母親が入院していてほ…

短編「ゲンコーハン」 (1) 月

坂を登ったら、何か美しい眺めが見えたり、このくしゃくしゃな心がすっきりするような、そんな救いを信じていたんだ。だから僕は、ぴりぴりと肌をつつくような冬の風の中、こうして自転車をこいで知らない坂を登っている。そんな夢をよく見ては、汗をかいて…