ゆっくりとジャンプする

 今日のコーディネートのコンセプトは、ナチャラルヤクザです。ナチュラルマフィアでもよい。新規開拓営業のようでもある……不慣れだし苦手分野だ。自分を強く保ちたい意識と、そのための記号として選ぶファッション。こういうのは、あまり楽しくないなぁと思う。

 

 学校での面談が控えている。今年度、大きな教師の異動があった。異動は付きもの、と分かってはいたが、校長と教頭が変わり、子どもの担当だった支援学級の先生まで変わってしまった。そしてクラス替えもあったが、卒業までの残りの二年を、子との信頼関係を未だに築けずにいる担任が再度、続投することになった。

 

 担任が変わらないことに、子どもは数時間がっかりした後、仕方ないねと言った。中二にして、もう諦念を持ってしまったのか、とぼんやり思う。仕方ないなりにやるしかないのは、わたしも分かっている。だから、まだあまり個々の生徒については知らないであろう新しい教頭と、一度、親としての立場から見てきた子どものことを話しておきたいと思った。そして、今日がその日である。

 わたしは朝から、教頭と会うためのコーディネートを考えていた。

 

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 スーツで行くか……いや、相手を緊張させそうだしなぁ。カジュアルオフィス (この分類名は謎が多い…)っぽくいくとすれば、パンツにブラウスとイヤリングとか……いや、もっと相手をやわらかくさせたい。まずは和ませて、どんな人間か見て、話しを進めなければいけないから、ここはあくまで、リンネル風の服装で行こう。アクセサリーはなしで、眼鏡をかける。(リンネルが分からない人は、ググりましょう)

 時計を着けようとしたら電池が切れており、がっかりする。こういうところが抜けている。場所やコンセプト的にも、時計はマストだったのに。仕方ない。

 メイクはファンデ薄め、眉はちょっとしっかり目に描いて、アイシャドーは普段しないけどベージュ系で入れて、マスクは外さないからリップクリーム塗って終わり。威圧感なし。よし。

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 仕度が整ったので、手元の資料を持ち、子どもに「行ってくるね」と告げ、学校へ向かった。

 玄関の窓口で名乗ると、一度軽く話したことのある教頭が出迎えてくれた。

 

 換気をされた別室に通され、プラスチックの透明な簡易板を挟んで、一対一で向かい合う。用意された時間は一時間。わたしは部屋に掛かった丸い時計を、チラリとみてから話を始めた。

 

 今年、大きく子どもの周囲の先生方が変わったのもあり、一度きちんとお話ししておきたかった、と伝える。

 現在は家で、YouTubeで授業動画を配信している方の映像を見ながら、ルーズリーフにまとめ自主勉強している子の様子を伝え、そのファイリングしたものを提出する。教頭はそれらに目を通しながら、細かいところまでまとめていると、感心して下さった。

 

 それから、一年生の間に子どもに起きたことや、学校とのやり取りなどを、家からの目線で、時系列に記録しまとめた用紙を提出する。時間短縮のためと、家で見てきた子どもの様子を伝えるために、まとめておいたものだった。

 教頭は、ちょっと驚いたようだったが、少し目を通す時間をください、と言われたので、待つことにする。

 

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 二十センチほど開けられた窓からは、子どもたちの声や、教師の声が聞こえてくる。そういえば、車を降りて玄関へ向かうときには、体操服姿の生徒がたくさん集まっていた。そういうものから、離れたところにいる子を思う。今、何をしているだろうか。

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 先方が読み終えたところで、これはあくまで家から目線でまとめたものなので、学校とは捉え方が違うかもしれませんが、参考になればと思います、と付け加える。

 

 さて、これから本題に入っていく。

 

 先日、子どもの受診に行き、親子で聞いてきたことを話す。医師の診察による見解をお伝えし、今の状態では、学校や教室は安心な場所という認識はないため、登校は無理させないよう助言されていることを伝える。今後も通院し、焦らず様子をみていくことと、長期戦になることも覚悟しているため、パソコンやネット回線などの通信環境を整えたことを話す。

 

 ほかの、理由があり登校できないお子さんの中には、塾などを通信で利用している、という話も身近で聞いた。それも一案ではあるが、何か根本的な考え方が違うな、と思った。わが家で出来ること、通信環境の整備は終えた。中学生は義務教育期間中であることを考えると、学ぶ意欲はあるが理由があり登校できない子の、学習をすべて、家庭任せにされてしまうと困る。

 学校は便利だ、と誰かが言っていたが、本当にそうだと思う。行くだけでさまざまな機会に溢れている。機会の損失をそのままにせず、学校側にもできることを協力してもらいたいとお願いする。

 

 例えばだが、教室のzoomによる参加や閲覧、授業を録画した動画を家庭で学習する子が見れるように限定公開する仕組みや方法、合唱曲などクラスや学年で取り組んでいるものの雰囲気が伝わる機会を、通信技術の進んだなかで作っていけないか。考えてきた具体的な提案をしてみる。

 

 地域によっては、このコロナの影響で、ICT教育を活用できている自治体もあるとニュースなどで見る。先生方も大変な中で対応されていると思うが、こういった事例を見ると、その差は子どもたちにとって大きいと感じていることを話す。

 

 教頭は、ICT教育の推進を上からも求められており、クロームブックが生徒分用意され、実際に授業で使用してみていると言った。ただ、60台起動するとサーバーがダウンしてしまうそうで、この問題をどうにかしてほしいと市教委に掛け合っているところだという。ざっと計算して、この中学には600人ほど生徒がいる。わたしは絶句し、どんな弱サーバーか見てみたいと思った……。見たところで何もできないけれど、破壊してしまえば新しくしてもらえるかもしれない、と一瞬想像して却下した。

 

 とりあえずそれを聞いて、少し危機感はあるのだなと思いながら話す。そういう試みが行われていることは有り難いけれど、学校に来れていない子にこそ、そのような教育の取り組みが必要な気がしている。現代の子は、インターネットネイティブ、生まれたときからパソコンやスマホが側にある子が多いと思うので、手に入れた情報へのリテラシーやネットにおけるSNSの危険性などは指導が必要かもしれないが、使い方などは困らないと思うこと。それよりは、その貴重な60台を理由があり登校できない子に使うことはできないだろうか。

 また、サーバーの問題など、のんびりと通信環境を整えていれば、うちの子は二年生なので、その間に卒業してしまうかもしれない。親の声として、そのような要望があることを、市教委に伝えてもらっていいと伝える。とにかく、スピードを意識してもらいたかった。中学校生活は、小学校の半分しか時間はないのだから。

 

 そこまで話すと、時計はもう約束の時間を少し越えていた。終わりにしよう。

 

 教頭に御礼をして、たまっていたプリント類や今後に必要な書類など受け取って、学校を出る。

 

 車の前まで到着し、ふぅーーーーーっと長い息を吐く。上階の開かれた窓から、子どもたちの合唱が降ってくる。小学校の音楽会は毎年の楽しみだった。少し感傷的になりそうな気持ちを振り切るように、校舎を後にした。

 

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 わたしは今まで、勉強にうるさい親ではなかった。「宿題やった?」くらいは聞くけれど、やる気については本人任せで、勉強に困っていなければよい程度に思っていた。それより、幼いころから図書館通いをしてきたので、読書を自主的に楽しむ姿を見る方がうれしかった。通知表もあまり重視しておらず、本人が健康であればよく、長期休みが終わり、一言書いて戻さなければならなくなってから中を見る、というような体たらくだった。

  そんなわたしが、これほど変わったのは、授業を受ける機会を失った子に、それでも学びたいという気持ちが見えたからだ。

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 梅雨も来ないのに、暑い日が続く。そのうち梅雨はしれっと訪れて、夏が来る。そのころ、わたしたち親子はどうなっているのだろうか。

 

 わたし自身も転換期に入っている。これは自分の容量の問題なのだが、今の会社を退職することにした。職場には、子どもの状況や長期になるかもしれないことを報告し、これからのはたらき方について相談し掛け合ってみたが、こちらの事情ばかり通すわけにもいかず、決断した。

 みなそれぞれに事情を抱えてはたらいている中で、特別扱いを受ければ、周囲によく思わないひとが出てくる。部署移動を願い出たが、そこは空きがなかった。仕方がない。マエニススメ。

 退職の準備をしたり、新たな仕事を探しながら、いままでの仕事に通じている勉強を始め、資格を取ろうとしている。仕事自体が嫌で辞めたわけではなかった。常に忙しく気を使うことが多く、ミスがひとの身体に関わるため、体力も精神も使う仕事だったが、よい先輩に恵まれた。今までの経験を活かす別ルートの方法を教えてくれた先輩がいて、学んでいくことの道を選べることも知った。今は目下の勉強をしているが、それも辿ればすべて繋がっているものを、いつか学びたい。

 

 選択肢はわたしの目前につねにあり、仕事は欲を出さなければすぐに見付かるだろう。それを資格で小さく補強し、子どもが良くなる方へ向かう行動への余裕を持ちながら、はたらける仕事を探す……少し難しくなるだろう。天を仰ぐと、軽く目眩がする。

 

 フロントガラスから見える空は青く、木々の緑は目にやさしい。今日は酢飯を作り、ネギトロ丼にしよう。エンゲル係数は上がるばかりだが、今は食事を豊かにしたい。あと、時計の電池を変えておこう。

 

 困ったなぁと思いながら、参考書を読みノートにまとめながらする勉強は楽しい。そうだよ、今までだって、どうにかやってきたじゃないか、と過去の自分が苦笑している。キツいなと思うピークは何度かやってきて、越えるとその波の大きさはそれほどではなかったと思えたりする。鼻から海水を吸い込むこともあるけれど。凪を求めながら、また来るだろう新たな波に備え、わたしはゆっくりとジャンプするのだろう。

 

 

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